おもひでログ

親、妻、子供との思い出を綴ります

大学受験

こんにちは😃omohideoです。

 

私は高校2年の秋頃からですが、受験勉強を始めてました。

最初は塾通い程度でしたが高校3年に入ってから、

睡眠と食事とトイレ以外は全て勉強の時間に充ててました。

 

夏頃を迎えると、睡眠時間も削って勉強してましたね。

当時の学校の写真を見ると、顔に生気がなかったです。(笑)

「大学受験で人生が決まる。」というくらい必死でしたね。

 

当然そこまで、追い詰められた期間が続くと精神的にも疲れが出てきます。

頭もおかしくなります。。

テスト結果どころか、普段の勉強で正解不正解で一喜一憂するようになります。

夏休みも後半になるとかなり酷く、少しでも問題を間違えると、発狂してました。

 

母親からは、

「もうちょっと心に余裕を持てたらどう?別に受験で人生は決まらないよ。

別に浪人してもいいんやで。お母さんはいつでもあんたの味方や。」

など優しい言葉をかけてくれていたのを微かに覚えてます。

 

でも当時の私は心の中で、

「そもそも大学受験さえしたことのない人間にそんなこと言われたくない。放っておいて欲しい。」

聞く耳を持たなかったです。

 

秋頃になるとさらに私の精神状態は悪化していて、

一定のストレスが溜まると自分の部屋で暴れてました。

壁や机や押し入れの襖を殴ったら頭を打ちつけたりしてましたね。

もう明らかに異常です。

学力なんて伸びるはずありません。

 

何がきっかけかもう覚えていませんが、

勉強がうまくいかず部屋で暴れている時、

これまであまり口出ししてこなかった父が

部屋に入ってきて、

「omohideo。ちょっとだけ話がある。そこに座れ。」

と言いました。

 

私はもう気が動転していたようで、無言でベットに座りました。

「お父さんな。。お前を見てて心配でたまらんわ。

そんなに頑張らんでいい。結果も出さんで良い。

小さな事で一喜一憂するのはやめへんか?」

と父は私に話をしました。

 

当時の私はもう本当に訳が分けらない精神状態だったので、父が何を話していたのかもよく覚えていません。

ただ、正直普段から言葉遣いもあまり良くかった父が、

私のことを「心配している」と言ったのがすごく衝撃的でした。

自暴自棄気味だったので、変な話嬉しかったのかもしれません。

気持ちがスゥーっと落ち着けました。

 

「どんなに頑張っても、どんなに望んでも【なるようにしかならない】よ。

今既にできるだけのとこはしてきてるんだから大丈夫。

それよりも今を大事にしよう。」

と話しかけられました。

この【なるようにしかならない】という考え方ですごく心が楽になりました。

 

一見大した内容ではないのですが、私にとって大切な言葉です。

結局、受験が終わるまで勉強しまくりました。

受験の時も頭がおかしくなりそうなくらいストレスが溜まりましたが、結果【なるように】なりました。

 

父に心の底から心配をかけて申し訳なかったな。。